2006年06月13日

東園田の歴史

■現在の東園田周辺に人が住みはじめたのは弥生時代のことといわれている。

園田北部の田能遺跡(国指定史跡)は弥生時代の住居や墓の遺跡で、学術的にも注目されてきた。

奈良時代には、東大寺領の猪名荘、平安時代以降には、摂関家領の橘御園、椋橋荘といった荘園があったという記録がある。園田という地名は、平安時代の橘御園に由来している。


■近世になると、徳川幕府は1617年、譜代大名戸田氏鉄を尼崎に配置し、
大阪の西の要所として尼崎城(5万石)を築城させた。園田近辺は大阪と接しており、尼崎藩に属さず、幕府直轄地であった。


■明治22年になって、町村制により園田村が生まれ、昭和22年に尼崎市と併合した。


■住宅都市としての歴史は古く、約70年前の昭和10年に遡る。
昭和11年には阪急電鉄により阪急園田駅が開設、
「園田住宅地」として約7万坪、180戸が発売された。
当時は数百坪クラスの邸宅が立ち並ぶ関西屈指の超高級住宅地であった。
その後幾度かの住宅都市開発が行われ、現在に至る。

posted by 管理人 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 東園田を知ろう
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